江戸東京野菜について

あめりか芋(アメリカ芋)

 あめりか芋は貯蔵性が高く貯蔵することで糖度が増してくる「密芋」タイプの白いサツマイモです。
 島にサツマイモが伝わったのは、享保二十年(1735)といわれています。八代将軍徳川吉宗の時代に、有名な青木昆陽が、新島へも種芋とともに栽培・貯蔵の方法をまとめた小冊子を送り、栽培を奨励したことによりはじまり島の主食となっていったようです。
 その後、あめりか芋(七福薯)が日本に伝わったのが明治33年(1900)。大正時代か昭和の初めには新島村で栽培が始まり、1.風土を選ばず作付けできる(2)作りやすく不作が少ない2.貯蔵性が良い3.食味が良いの4つの点で優れているほかに、どこでも好かれながらイタリア・アメリカ・日本と順次に3つもの国を渡ってきたからという理由から「七福薯(ひちふくいも)」と名付けられ田といわれています。
 農商務省(明治14年〜大正14年、以降農林省、現農林水産省)と農事試験場(現農業試験場)はこのサツマイモの品種名を1927年に「七福」としています。

代表的な取り扱い地区のJA

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