江戸・東京の農業

足立の水セリ

 大きな河川の下流域にあたる足立区には、低湿地帯が多く、本木地区(現在の扇、本木、興野付近)では、豊富な水を利用した水セリ栽培が生まれました。水セリの栽培起源は明らかではありませんが、江戸時代の中頃と言われています。

 セリ栽培の盛んな頃は「一寸一両」といわれ、茎が長いほど高く売れたので、農家は1cmでも長く作る努力をかさね、長いもので50cmにも成りました。冬のセリ田での収穫作業は骨身にこたえたと語りつがれています。しかし、初春の風味をもつ野菜として喜ばれ、農家の大きな収入源となっていました。

 足立のセリは、東京近郊といった優位な条件を背景に「東京セリ」として長く市場を独占していましたが、昭和40年代に入ると、この地域も都市化が進み、セリ栽培も次第になくなりました。

 一方、輸送手段の発達により、セリ栽培は東京から離れた茨城県、宮城県等へ技術とともに引き継がれて行きました。

スタンプ

御嶽神社

足立区扇1-28-17 (東武大師線大師前駅より東武バス元木新道)
TEL: 03-3840-5334