江戸・東京の農業

わが国黎明期の牧場

 江戸城内に社(やしろ)があった古い歴史をもつここ日枝神社は、かつては、南は芝、西は麹町、東は霊厳島小網町、北は神田に至る、広大な氏子地域をもっていましたが、それは明治の初め東京の酪農誕生の地域でもありました。

 明治6年にはすでに7軒の牧場があり、竹橋には、吉野文蔵が幕府の牧場を引き継ぎ、芝桜川には明治4年、洋式搾乳の先駆者前田留吉が、下谷には旧幕臣辻村義久が、麹町五番町には阪川当晴が、そして木挽町に越前屋守川幸吉が牧場を開きました。

 このように殆んどが江戸幕府崩壊による失業武士によるものでしたが、大官、貴族による開設も続出。男爵松尾臣善が飯田町、佐倉藩主堀田子爵が麻布、榎本武楊、大島圭介が神田猿楽町、さらに明治8~9年の頃になると、松方正義が芝三田に、山県有朋が麹町三番町に、由利公正は木挽町に、桑名藩主松平定教は向柳原に、副島種臣は麹町霞ヶ関に、細川潤次郎が駿河台で牧場を開設したほか、平川町、永田町、三崎町、錦町などにもたくさんの乳牛が飼われており、日本の畜産の黎明はこの社の地域からスタートしています。

店舗写真

日枝神社

千代田区永田町2-10-5 (地下鉄丸の内線・銀座線赤坂見附駅5分)
TEL: 03-3581-2471