江戸・東京の農業

小山田ミツバ

 東京府南多摩郡忠生村上小山田(現在の町田市上小山田町)の田中庫三は、「冬でも現金収入が得られる作物はないものか」と夢に描いていたのが少年の頃の明治30年代でした。この頃の農家は養蚕が唯一の現金収入でした。

 たまたま、平塚(神奈川県)より来た行商人から、ミツバの早出しの話を聞き、これをヒントに田中少年は10年余りかけて軟化ミツバで、この夢を実現しました。

 小山田ミツバは、春から秋にかけて畑でミツバの根株をつくり、秋にその根株を堀り取り日光をさえぎった穴の中で栽培します。この室は、暖か な南斜面の土手に、面積約6平方メートルぐらいの横穴を掘り、ここに根株を伏せ込み、地熱と太陽熱だけで、モヤシ状のミツバを生産します。今日のように温 室の中で作るのではなく、当時としては、まさに画期的な発想といえます。小山田での最盛期の栽培面積は、30ヘクタールを超えました。

 柔らかく風味が素晴らしいことから、お正月用には欠かせない逸品です。

スタンプ

神明神社

町田市上小山田町2582 (小田急線町田駅よりバス)
TEL:0427-97-3559